西村内科脳神経外科病院
たばこ(喫煙)と病気
2008年1月2日より、フランスでは全ての公共場所(カフェ、レストランなど)で禁煙となり ました。また、日本のある製薬メーカ(従業員約5000名)は本年4月より勤務中の全面禁煙 となりました。 2006年4月からニコチン依存症患者の病院での禁煙治療が健康保険制度の適用となり、禁煙 治療における患者負担額が大幅に軽減される事となりました。 ・喫煙はしばしば個人的趣味・嗜好の問題と思われていますが,医学界では、喫煙は“喫煙病 (依存症+喫煙関連疾患)”という全身疾患であり,喫煙者は“患者”という認識が なされています。(日本口腔衛生学会,日本口腔外科学会,日本公衆衛生学会,日本 呼吸器学会,日本産科婦人科学会,日本循環器学会,日本小児科学会,日本心臓病 学会,日本肺癌学会の9学会による)。 ・喫煙の人体への健康影響に関しては世界保健機関を含む幅広い機関において多数の 研究がなされ膨大な知見が蓄積しています。近年は受動喫煙と喫煙リスクに対 する研究活動も活発に行われています。 ・薬物依存症 動物実験などの知見から、ニコチンは明らかな依存性を持つことが知られています。 ニコチンは神経伝達物質であるアセチルコリンに分子構造が類似し、ニコチン性 アセチルコリン受容体(レセプターとも)に作用することで、中枢神経のドパミン 神経系、特に脳内報酬系を活性化します。 そのため、摂取後に一時的に快の感覚や覚醒作用を得られます。 このような報酬系を介した薬理作用は、覚醒剤など依存性を有する他の薬物と共通 のものです。 ニコチン摂取を続けると、ニコチン受容体がダウンレギュレーション(受容体の数 が減ること)を起こし、ニコチンを外部から摂取しないと神経伝達が低下した状態 となります。 これがニコチン離脱症状であり、自覚的にはニコチンへの渇望が生じます。 喫煙に対して依存性を示す者は「喫煙でリラックスできる」と表現しますが、実際は 離脱症状を喫煙によって一時的に緩和しているに過ぎません。 ニコチンを過剰摂取した場合、嘔吐、下痢、縮瞳などの末梢神経症状や、妄想、幻覚 および錯乱などの中枢神経症状を呈することもあり、場合によっては死亡することも あります。 喫煙依存症は、精神医学において物質依存(依存症)の一種であると認められており、 WHOによる疾病の分類基準である国際疾病分類第10版(ICD-10)にも「F17.2 タバコ 使用<喫煙>による精神および行動の障害依存症候群」として分類されています。 日本においても、中央社会保険医療協議会により正式な疾患と認められ、2006年4月から ニコチン依存症患者の病院での禁煙治療が健康保険制度の適用となった。これにより 禁煙治療における患者負担額が大幅に軽減される事となり、禁煙外来などが新設される ケースもあります。 ・喫煙開始年齢が低いほど依存を形成しやすい傾向があると言われている。また、喫煙開始年齢 が低いほど健康に与える影響や後年の発癌率も高いことが知られており、未成年の喫煙 防止が大変重要である。 ・タバコの煙に含まれる化学物質は3800種ほどで、そのうち約200種は有害物質とされ、動物に がんを作るものはベンゾピレン(ベンツピレン)をはじめとする43種類。また、悪臭の 原因ともなっています。 ・主なタバコ煙の成分: アンモニア 、一酸化炭素、二酸化炭素、窒素酸化物 、タール、ニコチン 、フェノール類 ・主な発癌物質: ベンゾピレン ジメチルニトロソアミン、メチルエチルニトロソアミン、ジエチルニトロソアミン、 N-ニトロソノルニコチン、ニトロソピロリジン 4-(N-メチル-N-ニトロソアミノ)-1-(3-ピリジル)-1-ブタノン キノリン、メチルキノリン類 ヒドラジン、2-ナフチルアミン、4-アミノビフェニル、o-トルイジン ・呼吸器疾患 喫煙により慢性気管支炎、肺気腫(これらの2つの疾患のことをCOPDとも言う)などが生じる。 軽度のものを含めると、習慣的喫煙者のほぼ100%に気腫性変化が生じる。 ヒトの肺は、数億個の直径約0.1mmの肺胞で構成され、その総面積は約50〜60m2であり、 この肺胞を介して血液と空気中の二酸化炭素、酸素などのガス交換を行っている。 肺胞がタバコの煙に曝露されることで肺胞壁の炎症、破壊が生じ、結果的にガス交換 可能な面積が減少してしまう。これが肺気腫の状態である。通常の空気を呼吸するだけ では充分なガス交換を行えず、また肺胞の破壊によって生じた肺の空洞によって胸郭の 動きが制限され、呼吸困難となる。重症になると運動制限や酸素吸入を要する状態になる。 ・喫煙は気管支喘息も悪化させることが知られている。 ・循環器疾患 タバコの煙に含まれる活性酸素は、血管内皮細胞を障害することが知られている。 そのため、動脈硬化が促進され、狭心症、心筋梗塞、脳血栓 、脳塞栓、動脈硬化、 動脈瘤、閉塞性血栓性血管炎(バージャー病)などのリスクが増加することが 統計的に示されている。 ・妊娠中の喫煙による影響 喫煙は、妊娠を脅かす最大の防ぎうる危険因子である。周産期死亡の10%・低出生 体重児の35%・早産の15%が喫煙に起因するという研究がある。 妊娠中に能動喫煙あるいは受動喫煙すると、流産、早産の危険性が上昇し、出生後 の乳幼児突然死症候群(SIDS)、中耳炎、呼吸器感染症や行動障害などの罹患率が 増加する。また、口蓋裂などの先天異常の危険性も高まる。 妊娠中に喫煙していた母親から出生した子供は知能指数(IQ)が低いという報告も いくつか見られる。たとえば3044人の男性を対象にしたデンマークの大規模な調査 では、平均18.7歳時点でのIQと妊娠中の母親の喫煙状態が負の相関を示したという。 また、妊娠中に母親が喫煙していた場合、子供も喫煙者になりやすい傾向がある。 禁煙などによる精神的ストレスは喫煙ほど児に多大な影響を及ぼさないことを、 英国の疫学研究が示している。 これは、妊婦が直ちに煙すべき根拠の一つとなっており、日本では母子手帳に 「喫煙を直ちにやめる」よう、記載が行われている。 ・免疫低下・感染症 喫煙は、免疫力を低下させ、呼吸器を傷害するなどのメカニズムにより、感染症 のリスクを増加させる。感染症は、癌などとならび現代でも死因の大きな割合を 占める疾患である。 喫煙者は非喫煙者と比べて、肺炎球菌感染症のリスクが2〜4倍高い。インフルエンザ への感染リスクも数倍高く、罹患した場合にも重症化しやすい。喫煙者はまた、 肺結核の危険も高い。また小児において、受動喫煙は中耳炎の危険因子である。 ヒトの気道粘膜の細胞は、粘液を分泌し線毛を運動させることで異物を排出する 役割を果たしている。喫煙はこれらの細胞を破壊、あるいは機能を低下させるため、 ウイルスなどの排出機能が低下する。 喫煙による免疫機能低下にニコチンが関与しているという説がある。ニコチンで処置 した白血球は、抗原に対して正常な反応を示さなくなることが実験的に示されている。 また、ニコチンが脳に働き交感神経を興奮させノルアドレナリンの分泌を亢進させる ことで、間接的にT細胞の活性を低下させている可能性もある。 免疫低下は、感染症のみならず発癌にも関与する。これは免疫系が、遺伝子が変異した 細胞を攻撃することで癌の発生を予防する働きを持っているためである。このことは、 代表的な免疫低下疾患であるAIDS患者において子宮頸がんなどの発生が多いことからも 窺える。喫煙者における発癌に、免疫低下も関与している可能性が指摘されている。 ・歯周病 喫煙者では歯周病罹患率が高く、歯の喪失本数も多いことが統計的に示されている。 これは、タバコが歯肉の血管を収縮させることや、歯肉の炎症後の血管新生を遅らせ ること、炎症自体を起こしにくくさせることなどによると考えられている。海外では、 たばこの容器には、進行した歯周病の写真と「タバコは歯周病を起こす」という メッセージが表示されている国もある。 歯周病は、口腔のみならず全身の動脈硬化を促進し、心筋梗塞や早産のリスクを高 めることが知られており、喫煙による動脈硬化リスクを相乗的に高める可能性がある。 ・精神・脳・神経疾患 認知症:前向きコホート研究で、喫煙によって脳血管性痴呆やアルツハイマー病が 増加することが示されている。また、認知症ではない高齢者17,610人を対象とした調査 において、喫煙者の方が認知機能低下のペースが速いことが示されている。 その一方、日本のアルツハイマー患者を対象とした研究ではアルツハイマー患者に 非喫煙者が多いと言う報告もあり、オランダにおける研究では危険因子となる遺伝子型 をもつ場合は喫煙がアルツハイマーの危険因子となるが、そうでない場合は危険因子と 見なされないという報告もある。 ・パーキンソン病 1960年から2004年の研究を調べたメタ・アナリシスによって性別・年齢に関わらず ニコチンがパーキンソン病の防御因子になるとの説が報告されているが、喫煙自体は 脳血流を低下させるため、パーキンソン病を含む神経疾患の危険因子とされている。 ・睡眠障害 ニコチンは覚醒作用を持つため、就寝前の喫煙は睡眠障害をきたす可能性がある。 ・その他の疾患 糖尿病:2007年に発表されたメタ分析(対象論文25、調査人数1200万人)によれば、 喫煙者は非喫煙者よりも2型糖尿病の罹患率が1.6倍高いという。さらに、喫煙量と 罹患率には正の相関があり、特にヘビースモーカーでは罹患率がさらに高いと報告 されている。 勃起不全(ED):喫煙者は非喫煙者よりも2倍以上勃起不全の罹患率が高いという。 喫煙がEDを起こす仕組みは完全には明らかでないものの、血管内皮の傷害による 陰茎海綿体の血管拡張障害によると推測されている。 クローン病 関節リウマチ 創傷治癒の遅れ:喫煙者では、創傷部位の皮膚の回復が遅いことが知られており、 手術後の回復日数も長いことが示されている。 ・美容上の問題:喫煙は皮膚のシワを増やすことが知られており、長期喫煙者はスモーカーズ フェイスと呼ばれる独特な顔貌を呈するといわれている。また、煙に含まれるヤニが 歯に付着したり、歯周病を増やす(前述)ことにより、美容上の問題が生じやすい。